見なくていいものまで見えてしまう仕事

老いと介護

世の中には

『見たくなかったなぁ』と感じるものってありますよね。

それも、「仕事柄」 と言うのが絡んでくると、

とても辛いものがあります。

それは “避けて通れない ” ことを意味するからです。

見たくなかった家族との関係

ここのところ とても感じる『見たくなかったなぁ』の話をします。

私は、”終活” を兼ねて介護の仕事をしていると書いたことがあります。

私が勤めている施設はグループホームと言いまして、

認知症で要介護の方しか入所できません。

全員が認知症の症状をお持ちです。

それにプラスして、

立つことが出来なかったり
歩けなかったり
自分で着替えができなかったり
排泄も入浴も食事も一人ではできない方がほとんどです。

年齢は、70代後半から90代前半 

息子さんや娘さんも、そろそろいいお歳で、
中には還暦を迎える方もおられるでしょう。

ほぼ皆さんに、お孫さんや曾孫さんがいらっしゃいます。

言ってみれば、大家族です。

『見たくなかったなぁ』と思うのは、

そのご家族との関係です。

もちろん 一部のご家族なのですが、

コロナによる当面の面会延期 をいいことに、

ぱったり電話もよこさなくなる子供たち。

認知症がこのままもっと進むと、

家や土地の権利書を自由に動かせなくなるからと、

こんな時期に押しかけてきて、

無理にでもハンコを押させようとする息子。

様子をお伝えするべく電話をかけると

とても面倒くさそうに対応する娘さん。

認知症を患う前の元気なころは、家族に対するDV があり、

子供たちから総スカンを食らっているおじいちゃん。

昨年息を引き取ったときには、たくさんいる親族の中

その中のたった一人の娘さんと、そのまた娘さんだけが来てくれて、

その二人だけが泣いてくれました。

長生きすると子に嫌われる ?

介護の仕事は、人生の最後を看取る仕事でもあります。

その、人生の最後の時期に家族から疎まれる・・・

それを、赤の他人である我々介護職の人間が

嫌でも目にすることになります。

そのご家庭の事情、それぞれですから

私なんぞがとやかく言う筋合いのものではありません。

「お前に何が分かる ? ほっといてくれ ! 」

ですよね。

でもね、知ってしまったら 見てしまったら

感情って湧いてくるじゃないですか。

私はその方々に言いたくなるんです。

「皆さんの親でしょ」

余計なお世話なのは分かってますよ。

まだ、戦後 日本が貧しくて食べるものも食べられずに

私たちこれからの人生の人たちのために必死に働いて

今の日本の基礎を作り直してくれた人たちなんです。

親の面倒を見るのは確かに大変な事

日本の住宅事情では、正直狭いし 介護設備も整ってません。

ですから

身体が不自由になり、さらに認知症を患えば、

一般の家庭で介護をするのは、すぐに限界が来ます。

精神的にも肉体的にもぼろぼろにされがちです。

経済的な負担もばかになりません。

子供として、とてもひどい扱いを受けたのかもしれません。

そのために私たち介護職が存在しているのは事実ですが、

あずけたら、「せいせいした」みたいな態度はとってほしくありません。

それでも親は子に会いたい

子供たちからどう思われているかを知る由もなく

子供が送ってくれたジュースと知って、泣きながら飲むおばあちゃん。

「会いたいねぇ」って言ったら、
「会いたいですぅ~」て言って泣くんです。

過去にどんないきさつがあったかは知りませんし、

知ってもしょうがないことですし、

知ってはいけないことなのでしょう。

だけど

少なくとも、その人がいなかったら

そのお子さんたちはこの世にいなかった。

曾孫さんも含めた大家族もなかったでしょう。

この一点において、

最後は感謝してあげて欲しいなぁと 思うのです。

親子って、そんなもんなんですかねぇ。

私もおかげさまで人の親ですが、

人生の終盤で 生き様を問われそうで怖いです。

医学が進歩したからって、長生きしないほうがいいのですかねぇ

本来、自分で物を食べることが出来なくなったら、

自然に寿命が尽きていた人間の生命。

いわば、子供に余計な面倒をかけない人生。

長生きでなくても、かえってその方が幸せなのかもしれません。

なぁ~んて、重いことも考えてしまう、JunJunなのです。

そんなこともあったりすると、

自宅で一人でできる仕事って、あらためて「いいなぁ」って

感じます。

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