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老いへの対応と介護の仕事

家族の介護で人生が台無しになるのか

 

 

最初のうちは

 

『親の面倒を子供が見るのは当たり前』とばかり、

 

一生懸命恩返しの気持ちで頑張ります。

 

そのうち親の介護度が進んでくるとともに

 

『親の介護のために、人生が台無しになった』

 

『私の人生って、何なの ?』

 

 

こんなことを思うようになってしまいます。

 

介護に対する考え方やイメージを変えることで、

 

『人生が台無し』から立ち直れるかもしれません。

 

 


介護施設の利用で家族の表情が変わる

 

仕事柄、利用者さんのご家族とお会いする機会が多々あります。

 

施設で寝泊まりして生活をしている利用者さんのご家族です。

 

 

面会に来られるご家族は、総じてニコやかな表情で来られます。

 

親御さんのそばに座って、ゆっくり話を聞いてあげてます。

 

もちろん認知症ですので会話はそれほど成り立ってはいません。

 

でも、和やかな空間を作っているんですね。

 

とても、人生が台無しになったという雰囲気ではありません。

 

 

 

恐らくですが、入所させる前は

 

こんなではなかったんじゃないかなぁと思います。

 

 

なぜかというと、

 

訪問介護でお邪魔したお宅のご家族さんは、

 

挨拶程度には微笑まれますが、どこか表情が厳しい感じなんです。

 

 

ヘルパーが帰ってしまえば、また自分が介護するからでしょうか。

 

 

それでも、私たちが来てる間は解放されるので、

 

少しは羽根を伸ばせるのかもしれません。

 

 

そこから想像するに、

 

全て自分で背負っている家族は

 

どれほど苦しんでいるのかなぁと。

 

 

家の中には段差もあるでしょう

 

トイレの広さも普通の家庭の大きさのはずです

 

お風呂もそうでしょう

 

狭い空間での介助 それだけでもストレスです。

 

 

また

 

私と施設の利用者さんとは、他人です。

 

他人だし、仕事としてやってます。

 

他人だから遠慮もします。

 

他人だからガマンもします。

 

他人だから言葉も控えます。

 

介護が仕事だからその時間だけは

 

辛いことでも耐えられます。

 

だから成り立っていることもたくさんあると思うんです。

 

仕事をしていて、『人生が台無しになった』

 

なんて思ったことは一度もありません。

 

 

 

でもそんな介護職の私ですが、

 

認知症でわからなくなった自分の親に24時間、

 

平常心で接することが出来るか ?

 

無理ですね。

 

 

家族だから、親だから、

 

強く言ってしまうでしょう。

 

おそらく、心無い暴言を吐くでしょう。

 

介助している手も、乱暴に動かすかもしれません。

 

 

施設は利用者のためだけではなく、家族のためにもある

息抜きだってしたい

 

 

そう考えると、

 

介護施設というのは、半分以上は家族のためにあるんです。

 

もちろん利用者さんが第一ですが、

 

それで開放される人数の方が多いわけです。

 

台無しの人生ではなくなります。

 

 

家族は

 

夜は寝ることが出来ます。

 

自由に外出できるようになります。

 

昔のようにテレビを観ながら

 

ゆっくり食事することが出来ます。

 

当たり前だった普通の生活が戻ってきます。

 

体力に余裕が出てくれば、

 

心にも余裕が出てきます。

 

そうしたら、介護施設に会いに来てくれればいいんです。

 

 

 

利用者さんは、入所してからのしばらくは、

 

ここがどこか理解できない人がほとんどです。

 

正直、帰りたいと訴えてきます。

 

家族に電話してくれと、一日に30回くらい言う人もいます。

 

 

でも、食事も排泄も入浴も会話の相手も就寝も

 

プロがやってくれるのです。

 

 

一月しないうちに、笑顔を見せてくれるようになります。

 

 

介護保険への割り当てがまだまだ少ない国ですので、

 

費用の負担はバカにならないでしょう。

 

でもそれで、台無しになったと恨みさえ抱いた親への思いが

 

嘘のように解消されます。

 

 

ご自分で背負わずに、

 

地域の包括支援センターに相談してみましょう。

 

 

費用も含めて、方法を探してくれるはずです。

 

 

介護施設は決して『姨捨山』ではありません。

 

利用できる方法を探ってみることが

 

台無しになった人生を取戻す

 

第一歩ではないでしょうか。

 

 


介護施設にお願いできない家庭事情

 

ここ10年で認知症の人数は倍増し、

 

2025年には、5人に一人が認知症になるという

 

予測すら出ています。

 

そのために苦労するであろう家族も増えるという事です。

 

 

寿命が延びるのは良いことなのでしょうが、

 

医学では分からないことが山ほどあるのだそうです。

 

認知症だってそうです。

 

 

親が認知症になれば

 

通常は子供の誰かが面倒を見ることになります。

 

施設に入れることが

 

『親を捨てる』 というイメージになるという声もあります。

 

 

 

私の人生は親が居たからこその人生です。

 

親に育ててもらいました。

 

学校に行かせてもらいました。

 

毎日ご飯を作ってくれました。

 

働き続けてくれました。

 

 

 

ごく一部の環境の人は違うのかもしれませんが

 

多く人は親に感謝をしています。

 

だから、素直に恩返しをしたいという気持ちは持っています。

 

介護の施設なんかに入れたら、

 

近所や親せきから何と言われるか分かりません。

 

 

 

ですが、赤ん坊の世話とは違います。

 

大人の排泄の介助は大変です。

 

大人を風呂に入れるのは大変です。

 

食べたものを戻すのも、赤ん坊とは量も臭いも違います。

 

 

放っておけばどこかへ行ってしまいます。

 

片づけても片付けても、また散らかします。

 

大声で叫び出します。

 

排泄物を触りだします。

 

その手で壁や床、あらゆるところを触ります。

 

 

 

でも、私の親だから・・・

 

 

その優しい気持ちが、いつの間にか

 

自分の心を鬼のように変えていきます。

 

 

「そろそろ 逝ってくれ」

 

「今日、死ねばいいのに」

 

「私の人生は、あんたのために台無しだ」

 

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これが現実ですよね。

 

 

優しくて健全な心、思考回路を破壊する程に

 

家庭での介護は困難を極めます。

 

かと言って、お金が無いと、施設へは入れられません。

 

この辺が、ヨーロッパなどで福祉の進んだ国々との違いが出てきます。

 

これだけ高齢化が叫ばれているのに、

 

増えた年齢層を守れる体制に、どんどん変革していく必要があるのに

 

なかなかその話題は取り上げてもらえてないようです。

 

 

綺麗ごとでは全く歯が立たないのが残念です。

 

 

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